火事騒ぎ

 相方の小太刀氏と打ち合わせの電話中、母が血相を変えて我が部屋の扉を叩いた。
「火災報知器のベルが鳴っている」との一声。
 母は今、数年来の病み疲れで体力が非常に無く、もし火事で避難となったら迅速な行動は期待できない状態。本当に火が出ているのなら、いち早く対処せねばならないのは必定である。
 無論ながら、私だとて悠長なことは言ってられない。
 集めた資料は決して失えない私の武器その物であるし、中には何処ぞの大学教授が書いた民俗学や考古学の研究論文など、二度とは手に入らない貴重な文献もあるのだ。PCのハードディスク共々、何とかして持ち出さねばならない財産である。
 それらの避難を行うなら、早急に事態を把握し、対策を練らねばならない訳だ。
 
 
 だが……、問題は我が住まいであるこのマンション。
 実は年に1度は火災報知器が誤作動する。
 すでに築20年を数えるこのマンションだが、小火が出たのは実に2度。しかもその内、1度は鍋の空炊きで単に室内の温度が上がっただけ。もうひとつは携帯コンロの使用ミスで、いずれも消火器レベルの装備で何とかなる程度の物だった。
 ……にも関わらず、年に1度以上のペースで誤作動するのだ、ウチの火災報知器は。
 おかげでベルが鳴っても、住民は大あわてで避難しようにもし切れない。今度も誤作動だったら、避難した後が大変だ。だが、もしも誤作動ではなかったら?
 こうしたアンヴィバレントに、我がマンションの住人は火災報知器が鳴るたびに晒されるのだ。
 
 
 で、まぁ、母の懇願もあって、火災報知器の当該ポイントへと向かう。
 我が住まいは9階建てマンションで1階はガレージという構造をしており、火災報知器のターミナルはメインのそれが1階に、サブが2階から9階に8カ所存在する。で、鳴ったと思われる最初の火災報知器は、4階のそれ。
 行ってみると、珍しく迅速に警備会社の人間が動いていた。いつもなら20分は待たされる所だが、今回はたまたま巡回で近くに居たらしい。その後、彼らに同行し、事態の真相究明に半ばなし崩し的に参加。結果、火災報知器にサインを送った端末の位置が特定され、その端末は別に火や極端な熱に晒されていない事が判明した。
 つまり、またも誤作動であった訳だ……。
 
 
 結局、合計で1時間近く振り回された訳で。
 骨折り損のくたびれ儲けとはこの事かという気分で帰宅。
 したがまぁ、火事にならなんで、避難もせずに済んだ訳だから、これはこれで良しとしようと言う感じでもあったり。
 もし見に行った結果、火事であることが判明したならば、もっと大変な想いをしていた訳である。そう考えると、この骨折りで火事1つ回避できたと思えば、悪くはないかと言う所である。